 |
|
|
 |
 |
 |
| ● |
矢嶋マキ |
| ● |
キーボード、コンピュータ・プログラミング、アレンジメント、作曲、プロデュース |
| ● |
9月16日東京生まれ乙女座B型。 |
2才の頃より、極度の音恐怖症の克服のためピアノの前にすわり始める。東洋英和女学院幼稚園、小中高等部へと進学、その間父親の転勤で台湾にて5歳〜8歳を過ごすが、この頃台北のある著名な演奏家に師事し、ピアノの才能を認められる。
中学、高校時代、学園祭のためのバンドを結成、バートバカラック、ボサノバ などをレパートリーとし、この頃より、クラシック以外の音楽を演奏する事に強く惹かれる。
高校時代、友人であった松任谷正隆氏がこのバンドのクリニックをしてくれていた関係で、YAMAHA銀座店のサークルに入り、AMINFORKなどの
アマチュアコンサートにも出演、合歓作曲コンクール(ポップコンの前身)で友人の作った曲を九重由美子が歌うバックでピアノを弾いたのがプロのバックをしたはじめての経験。そして、この頃来日したピンクフロイドを箱根のアフロディーテにて見て感動!!自然環境の一部に溶け込む“色のある空気としての音楽”にめざめる。
その後、国立音楽大学ピアノ科入学。ジャズの勉強の為AnMusicschoolに通い、佐藤まさひこ氏、江夏健二氏(現ウォンウィンツァン)に師事。この頃、友人のバンドに誘われ米軍キャンプを回った経験もある。松任谷氏がユーミンのデビューアルバムを手掛けていた関係で彼によりユーミンのステージのサポートメンバーとして抜てきされたのがプロになったきっかけ(このときのバンド名(“73~Papalemon,"74~Daddyoh!,”75~Cosmic
Lullaby,)。
|
 |
|
|
 |
 |
 |
 |
1973〜1977 |
 |
荒井由実ツアー |
 |
1978 |
|
松任谷由実ツアー |
 |
1975 |
|
吉田拓朗つま恋コンサート |
 |
1974〜 |
|
丸山圭子ツアー |
 |
1975〜 |
|
ハイファイセットツアー |
 |
1976〜 |
|
風ツアー |
 |
1978〜 |
|
上田正樹&Push&Pullツアー |
 |
1978 |
|
五輪真弓コンサート |
 |
1979〜 |
|
南こうせつツアー |
 |
1980〜 |
|
中島みゆきツアー |
 |
1982〜 |
|
プライベートスタジオでの仕事をメインにライブ活動は休止 |
 |
 |
 |
1997〜2001 |
 |
八神純子ツアーにてライブ活動再開(サウンドプロデュース) |
 |
2000〜2001 |
|
伊勢正三、山本潤子ツアー |
 |
2000〜 |
|
EGALITEのliveに参加 (Gt,vocal永井ミツオ、Dr.島村英二、Bass.沢田ヒロシ、Vi.太田ケイスケ、sax古村トシヒコ) |
| |
|
|
SYSTEMV(Gt.synth.松下誠、Gt.perc.いろいろ…宮埼ヨシオ)結成
新しい形のアンビエントライブに向けて始動!! |
 |
2001〜Now
|
|
南こうせつツアー |
 |
2004 |
|
三谷結子(ソプラニスト)ライブ、
狩野秦一(篠笛)デュオコンサート |
|
 |
|
|
 |
 |
 |
| 1978年頃よりスタジオミュ-ジシャンとしての仕事を多くするようになり、参加アルバム、シングル、CMは数千曲を超えるスタジオにシンセサイザーをいち早く導入、松武秀樹氏(YMO)をテクノの父と仰ぎマニュピレーターの先駆けとなる。“田代マキ”、“MAKI”、の名前で活動。 |
 |
参加作品 |
 |
チャゲ&飛鳥、中島みゆき、八神純子、松田聖子、長渕剛、中森明菜、和田あき子、西城秀樹、野口五郎、田原俊彦、近藤正彦、チェッカーズ、杏里、キャンディーズ、ブレッド&バター、大滝詠一、五輪真弓、榊原郁恵、河合奈保子、少年隊、宇宙戦艦ヤマトシリーズ、筒美京平作品等。 |
 |
 |
| 1983年自宅にフェアライトを導入、24Chのプライベートスタジオを設立。このころより全て自宅にて仕事をするようになる。 |
 |
代表作品 |
 |
ミュージカル“CATS”の初演は全てフェアライトにて一人で製作。東京ディズニーランドのショー、パレード、CM、筑波万博、沖縄博、などの博覧会の内部音楽、韓国ロッテワールド、豊島園等のテーマパークの音楽やCM多数。タッチ、風の谷のナウシカなどのアニメ映画、映画『雪の断章』オリジナルサウンドトラック等。
■●自己アルバム『Light House』(ポニーキャニオンより) |
|
| |